一族のカテゴリでも、少しずつメモを残しているように、ここ4、5年、先祖のことの調べている。不惑の声を聞き、伯父や父が相次いで亡くなり、今調べておかないと分からなくなってしまうという危機感が第一。先日も伯父の十三回忌の法要があり親戚が集まったが、90近くなった伯父や伯母の姿を見ると、次に会う時はどうなるだろうかと、気も暗くなる。ある伯父は今回出席しないともう皆と顔合わせできなくなると無理を押して出てきたと聞くし、またある伯父は認知症が進んだのと同時に嫌な病気も見つかったんだと従姉妹が話をしてくれた。3年前の私の結婚式の頃はあんなに元気だったのに。

■愚息の中にも先祖のDNAが繋がっている。
この危機感のほかには、直接の仕事ではないが相続関係のことをしていて、戸籍を取ったり、読んだりすりことに抵抗なくできるようになったこと。それにインターネットで、蒐集できる情報が増えたことが大きい。そして、祖父の出身地・奈良県が山ノ神の実家と同じだったこともある。
一族の出自である榛原の八咫烏神社。子どもの頃に父や伯父たちから、先祖は神主と医者の兼業だったと聞かされていたが、本当かねぇと思っていた。結婚する前に寄ったのは、20歳の時一度だけ。本当にそんな神社があるのか?と、近鉄榛原駅からテクテク歩いてお参りしたのだ。

■1987年5月に寄った時の写真。鳥居と門柱が倒れていた。

■由緒の看板も古い。2012年の今は掛け代わっていたと思う。

■当時の拝殿。これは変わっていないと思う。
あの時は、昭和初期に寄進した名札がまだ残っていたと思う。我が祖父の名を見つけた記憶がある。神主の子なのに、何で寄進しているんだ?と思ったから、間違いない。21世紀になって再訪したときには、その名札は無くなっていた。トイレも水洗になっていたし、サッカーのマスコットも出来ていたんだよね。
☆ ★ ☆
この先祖調べは、テレビドラマとなったクンタキンテやチキンジョージの登場するアレックス・ヘイリーの「ルーツ」やNHKの「ファミリーヒストリー」でも分かるように、ポピュラーな行為のようだ。「ファミリーヒストリー」の番組紹介では<<祖父や祖母、そして父や母が生きた歳月。家族の歴史を紐解くことは、自らの「アイデンティティ」を見つめる作業である。「戦争」や「地域」が、家族の営みにどんな影響を及ぼしたか。築き上げた“絆”は、いかなるものであったか。東日本大震災が起きたこの年、「家族の絆」を見つめなおす番組。>>とある。別に先祖が有名だったとか、偉人さんだったというのはどうでもいい。先祖を訪ねることによって、歴史がぐっと身近になる。新しいことを知るのが面白いんだよね。
昨年、五親等以上離れているなど遠い親戚の方と縁が繋がった。従兄弟や従兄弟の子くらいまでは親戚かなと思う気持ちも正直分かるが、初めて会ってどこか親しい香りを感じるのは何だろう。

■我が曽祖父・元朗。昨年、遠縁の方のところで対面した写真。戸籍も拝見。昭和中期の戸籍ので「平民・醫」とまで書いてあった。
「先祖を調べて、遠い親戚と会って面白い?」と言う方もいるのも確かだ。(うちの母親とか)
旅行が趣味の方に、ガイドブックと同じ風景を確認するのが楽しいんですか?と嫌味を言うのと同じで、それが面白いんですとしか答えられない。(古巣の同期Y君は、ガイドブックと同じ風景を確認するのが旅行の醍醐味と豪語)
「過ぎ去ったものを思い返すのは断じて逆行的な回顧趣味ではない。過去は正当性のある人類の遺産である」と渡辺京二は言ったが、自分の身近な人の背景を知ることは、自分自身とはなんだったんだと考える拠り所になるんじゃないか。
☆ ★ ☆
贔屓にしている作家星野博美の「コンニャク屋漂流記」も面白く読んだ。大田区の町工場の娘の彼女の先祖が御宿の漁師。その屋号が「コンニャク屋」。下総の御宿から紀州、堺へと先祖を巡る話だ。その中で、突然現れた親戚に戸惑って拒絶する話も出てくる。親戚なんて面倒くさいと思う人もいるのだ。
借金の無心と警戒する場合もあるだろう。自分の与り知らないところで、先祖がその方の先祖に嫌がらせをしていたかも知れない。白い歴史もあれば、黒い歴史もある。
それでも、無理押ししない程度でいいから知りたい。
先週の終わりに、5代前に分かれた親戚と思われる珍しい苗字の方々に葉書を出した。案の定、親戚だった。何と手紙が届いた翌日がその親戚方の従兄弟会で榛原にある縁のある処で集まったんだそうだ。
何という奇遇。きっと先祖がまた集まれと言っているのかもしれない。そんなことはないか。
☆ ★ ☆
今週も2通、遠縁ではないかと思われる方々に葉書を出した。今度はどうなるだろうか。
Recent Comments