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2007.09.15

プロとアマとアマチュアリズム4

僕の似顔絵を描いてもらったよこたしぎさんが、毎日新聞夕刊大阪版に7月から看板コラム「憂楽帳」で毎週土曜日に書くようになった。今日(2007/9/15)の同欄で、「遊びを超える」と題して、僕も参加している前の職場の「糸瓜句会」のことに触れている。

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ネンテン先生には句会を評して「俳句をだしにもっぱら遊ぶ会」「遊びながら遊びを超えるものを残さなくてはならない」と看破された。わかっちゃいるけどそこが難しい。

(中略)

 俳句も町おこしも眉間(みけん)にしわを寄せてやるとツマラナイ。遊び心を忘れず、高みに目標を持って取り組む大切さをネンテン先生に教わりました。【よこたしぎ】

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この遊び心というのが難しい。この高みに目標を持ったというか、遊び心を越えた何かを知っているもの、またそれを越えられるものが「素人ではない一線を越えたもの」なんだろうと思う。

☆ ★ ☆

そんなことを考えていたら、昔読んだものを思い出した。

バブル以前は、いろんな分野において、このプロとアマの実力がかなり拮抗していたんだと思う。「プロになるつもりじゃなかった」(pêle-mêle)や、今はログでしか読めないが「本とコンピュータ」の仲俣暁生「陸這記」に「アマチュアリズムについて」(2004/10/18)と題して、音楽におけるアマチュアリズムの崩壊について、また文学のアマチュア性について言及している。長いが、PDFでダウンロードしないと読めないので引用する。

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ライブハウスでいい音楽を聴くたび思うのは、アマチュアリズムという
ことだ。小熊さんにとって、音楽はおそらく、アマチュアとしての活動
といっていいだろう。ここでぼくが考えているアマチュアとは、日本語
で言うときの「素人」という意味ではない。オリンピック選手がかつて
はすべてアマチュアだった時代があるように、技術の面では抜き出てい
ながら、その行為をプロフェッションとしてではない立場で行なうこと
を選んだとき、そのような活動を支える理念のことを「アマチュアリズ
ム」とぼくは呼びたいと思う。
八〇年代のバブル景気によって中途半端な「プロ」が量産された結果と
して破壊されたのは、じつはプロフェッショナリズムのほうではなくて、
八〇年代前半に音楽や演劇、その他の表現領域でも成熟しつつあったこ
の意味でのアマチュアリズムだったのではないか。そしてたぶん、不景
気な時代に戻ったことで、再びアマチュアリズムが機能するようになっ
てきたのではないか。そうだといいな、と思っている。

別の日に、同世代の優れた小説家の方のお祝いの席に混ざって夜遅くま
で飲んだのだが、そのときにも、この作家にとって小説を書くことは、
プロフェッションとしての行為なのだろうか、それとも、アマチュアと
してのいわば「余技」であるからこそ、彼の作品はより本質的な意味で
の「文学」に到達してしまうのだろうか、と考えていた。そもそも、文
学とはアマチュアリズムの所産である、というのがぼくの考えなのだ。
文学がいくら経済的に不採算なものであっても、それを不良債権などと
いう一言では捉えきれないのは、作家という存在が基本的にはみなアマ
チュアだからだ、と言ったら言い過ぎだろうか。
もちろん、これは純文学は売れなくても保護されるべきだとか、特権的
なものであるとか、そういうことではない(実際、ネット上でかかれて
いるアマチュア小説のなかにはエンタテインメントも多いのだから、こ
のことは小説のジャンルともおそらく関係がない)。人がなにかをものを
つくろうとするとき、他人からの働きかけによって(あるいはより直截
に、依頼や注文によって)つくられることもあるだろうが、この世には
自発的な行為によってしか生まれない表現も存在する。アマチュアリズ
ムが機能する領域とは、この「自発的」という領域だ。

(仲俣暁生「陸這記」に「アマチュアリズムについて」(2004/10/18))
 ※他の章では、アマチュアによるボトムアップとかも言及しているので、未読の方は是非読むと面白いと思う。

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この「自発的」が遊び心であり、そもそもの出発点なんだろう。誰からも干渉されることなく、表現することがアマチュアの面白いところだ。だから、技術の面で、プロを越えることがあり得るのか。

に北村想のいうプロとアマについて考えてみたが、彼の考え方はプロの心構えからみたプロアマ論。この仲俣暁生の場合はアマチュアリズムから見たプロアマ論。どちらも面白い点をついている。プロ側には、この一線を越えている自覚が欲しいと思うし、アマチュアの底上げこそが、全体のレベルが上がるとも思う。

「自発的」「遊び心」をいかに全くに関心を持ち始めた素人に植え付けることが出来るかが、その分野の普及の肝なんだろう。

これもたまたま今日聞いていた久米宏のラジオで、図書館の専門家がコメントしていたのだが、「日本の書籍には、初心者向けと専門書の二極化していて、その中間を埋める書籍がない」と語っていた。

狂言でも初心者向けの番組や書籍はあるが、初心者からちょっと卒業したレベルの人向けの番組や書籍がないんだなぁ。どうしたもんだろう。。。

☆ ★ ☆

プロとアマチュアリズム1
プロとアマチュアリズム2
プロとアマチュアリズム3

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