« 寝正月 | Main | 後ろからの賽銭は思わぬお年玉 »

2008.01.03

献血

FeliceさんのMagMell Diaryは、たまにハッとする意見があるのだ。
2008/1/3の「市場原理は万全ではない」はそれに新年早々それにあたる。

年末に話題となった中央公論1月号の特集、「医療崩壊の行方」の中の若手医師の匿名座談会ー現場からの提言「患者のみなさん、まずはあきらめてください」について天国へのビザが言及。それについて「医療市場の是([alm-ore])」が、医療に市場原理を導入すればいいという意見を出した。これについてのFeliceさんの反論のことだ。

彼女が医療・福祉に市場原理を導入することに反対する意見として、至極真っ当なことを述べている。上手に要約できないので原文を参照してもらいたいが、「血液や血液製剤の不足に対する解決としては、世の中の知的水準および生活水準を上げ、献血制度を理解する人々を増やしていく方法でどうにかしていくべきじゃないですか。」という解決策が、急がば回れではないが、我々が取るべき正しい道だということに賛同する。

市場原理の導入は小手先の繕いにしかならない。その時点での最善と思われることを選択できるの"かも"しれないが、根本的な解決策にはならない。この状態が永遠に続く可能性が高い。少なくとも、教育水準・知的水準・生活水準をあげることによって、「老い」と「病い」についてエゴに振り回されずに、哲学的に判断することが出来る場を設けられるんではないか。

☆ ★ ☆

僕は輸血経験があるために、今現在は献血は出来ないが、16歳になってから開頭手術で輸血されるまで10年間で約80回分の献血をしている。毎年10回分ペースだ。表彰も受けているが、彼女の文章を読むまで恥ずかしながら「ライシャワー事件(黄色い血事件)」については知らなかった。また、売血による弊害についていも、十分考えることはなかった。一時期、自分自身も献血でジュースが飲めるとか、回数券がもらえるという理由で血を抜いていたこともあったくらいだし。恐らく、あらためて注意しなければ、意識しない弊害なんじゃないか。

何はともあれ、知的水準をあげる、教育の底上げは、時間が掛かるかもしれないが、正しい道に通じるんじゃないかと思う。あらゆる事象について、疑問や背景、影響を考える余裕があること。その上で解決策が出てくるんじゃないかと信じたい。

☆ ★ ☆

それとは別に、「老い」と「病い」については考えなくてはいけないんだろうな。

|

« 寝正月 | Main | 後ろからの賽銭は思わぬお年玉 »

Comments

市場原理の導入を主張して、槍玉に上がっている [alm-ore] の主です。先ほどは、僕のblogにコメントありがとうございました。的確なコメントで感服いたしました。

さて、こちらのエントリの趣旨は「教育 vs 市場」という対立軸を設置し、
・市場:短期的にはいいけど、長い目で見たらダメ
・教育:効果が出るまで時間はかかるけど、正しい道
という主張と捕らえました。

きっと、それはその通りで、「今日まさに血液が不足して困っている人」のために、とりあえず今すぐ血液市場で献血を調達すべきなのではないかと思います。
そうして時間稼ぎをしている間に、教育で人々の知識水準を高めていく。人々の知識水準が十分高まったら、そこで市場は廃止する。
ハイブリッドにしてはいけない理由はあるのでしょうか?

あと、現在の献血制度は基本的に教育施策にのっとっていると思われるのですが、献血可能人口(15-64歳全体)がここ5年で3%ほどしか減少していないのに、実際に献血する人は8%も減っています(当方調べ)。
教育施策は、献血をする人を増やすどころか、むしろ大きく減らしているのに、これ以上教育一本でやっていく勝算がありますでしょうか?

Posted by: 木公 | 2008.01.04 at 15:51

木公さん、どうも。
火曜まで落ち着いてレスができないのですが、必ずそちらにレスさせていただきます。取り急ぎ。

Posted by: | 2008.01.06 at 00:03

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2536/17568352

Listed below are links to weblogs that reference 献血:

« 寝正月 | Main | 後ろからの賽銭は思わぬお年玉 »