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2009.07.07

勤王忠臣の時代

「頭八咫烏神社由緒史実」の社守神主の項を読むと、昭和10年と軍靴の音高き世のため、忠臣やら勤王やらと小うるさく感じる。
先祖の前田玄伯は南朝北畠顕房らの家臣・秋山光時の子孫で忠臣の一族、その養子・元朗の父・日高宏雲も勤王僧と正統ぶる。宇陀郡のこの一帯は南朝北畠氏や秋山氏の支配下であったので、所縁がないわけではない。伯父(父の長兄)からは、やはりこの辺りの領主だった高山右近の家臣だったという言い伝えまで聞かされている。実際のところは分からないし、その血縁だったとしても、それが何だと言うのかと言ったところ。そもそも、養嗣子で継承した家かもしれないのだ。

それよりも明治となって、一族の多くが先生や医者になって父祖の地・榛原を離れ全国に散り、今ではこの地に住む血縁はどうなっているのだろうか。3代までは遡れるが、それ以前はもう分からない方々だ。もし、自分の血縁だという者が現れても、ああそうですかとしか答えられないかもしれない。義経の頼朝への思いと、頼朝の義経への扱い。同じ父の兄弟でも、離れていればああいう形になってしまうのだからなぁ。

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