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2011.03.09

野村万之介先生を偲ぶ会(報告8)

2011/2/22の野村万之介先生を偲ぶ会@ホテルフロラシオン青山のボチボチ報告の8回目。(これまでのは、報告1報告2報告3報告4報告5報告6報告7

亀井師、同級生のお話の披露の後、いよいよ小林責先生(以下責先生)のお話と献杯。
責先生は、今年創部60周年を迎える早稲田狂言研の一期生。中々辛口の話から始まりました。若い頃の先生の芸は「覇気が無い」「もどかしい」と言い、萬・万作の兄二人がスパルタ教育だったのに比べ、万之介先生は三番叟を披いた歳が29歳と大分遅れていたことや父六世万蔵師が可愛がりすぎて、老人の芸を教えてしまったからではないかと思っていたそうです。

それが60歳になった頃、万之介狂言の会が10回目を迎えた頃から、良くなったと感じたそうです。老人の芸が等身大に、実年齢に追いついて来たからなんだと分かったそうです。そんな中、第17回の万之介狂言の会で川上のシテ(アドは万作師)について、凄く良いと感じ手紙を万之介先生に送り、その時の万之介先生の反応が、

「どうだ、分かったか!」

と電話で寄越したとか。

如何にも万之介先生らしい。。。良いねぇ。

それと、シテを喰わないいい狂言をしたという話もされてました。
これが重要なんですよねぇ。狂言を壊さないのがね。

思えば、稽古でもアドがガリガリやると「壊れる」と言うのと同時に、舞台が終わった後は、「今年は辛抱したのだから来年はもっと良い役をやろうな」と言うようなことも仰ってくれてましたねぇ。三兄弟でいつも長袴の主ばかりで、鬱屈していたことが多かったんだと思います。

☆ ★ ☆

偲ぶ会の報告シリーズはもう暫く続きます。

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