針供養
明日は旧暦の針供養。日頃お世話になっている針道具を休ませるということなのだが、実家の母が淡島神社に供養をしているのは見たことがないなぁ。モチロン、山ノ神もしてないのだが…
まぁ、昨今のデフレ経済下、破れたら捨てることの方が多い。針仕事はボタン着けくらいしかないんだけどね。
我が家の愚息への教育方針として、どんな環境でも一人で生き抜けるというのが命題である。お勉強よりも炊事洗濯掃除糸針ぐらいは自分で出来るようにが夫婦の共通認識。そんな訳で、先ず隗より始めよよろしくボタン着けはしております。
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この前、ほぼ日を見ていたら、ちょんまげぷりんの作家・荒木源がインタビューに答えていた。主夫業かぁ。
その中彼が言う。
乳幼児を抱えるお母さんというのは特捜部まわりと同じくらい大変。自分の時間が、まったくない。事件や同業他社同様、子どもは、こっちの都合をかまってくれない。
だから大変だけど、面白いというのもあるんだと思うのは変なのかな。毎回同じじゃつまらないと思うのは、我儘なファンタジーかもしれないか。
周りの育児経験や体験談を聞いていると、愚息は楽チンの部類だと思うし、育児には私も協力的だと思うんだけどねぇ。
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話を元に戻して、針仕事を休むこと。仕事をしない日を設けるのは、西洋では安息日でもあるように、洋の東西問わずにある。今の日本では無くなってしまったが、昔は各季節の土用の間は土公神が祟るから土木関係の土いじりを忌んだそうだ。先般読んだ「河原ノ者・非人・秀吉」(服部英雄・著)で初めて知った。土用の間の工事は、被差別民が請け負ったとか。いろんな縛りがあったんだねぇ。
■何言ってるのか分かんないけど、勇ましい愚息。でも、USJの新絶叫マシーンの如く怖くて後ろ向いて滑る。勇ましくても、炊事洗濯掃除糸針はやってもらうけどな。


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