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2013.05.25

芸は一代限り(千作翁逝く)

TVのない我が家。FBで千作翁の訃報を知る。お歳から言えば大往生で、来るべき日が来たと言えば元も子もないが、改めてその日を迎えると寂しさを感じる。あと、愚息と山ノ神に、これぞ狂言という千作翁の舞台を見せてやることが出来なかったことが悔いが残る。何しろ、舞台に居るだけで、見所が和むのだ。こんな演者は他にはいない。弟の千之丞が計算しつくされた舞台を作り上げるとしたら、兄の千作翁は何も考えなくても場を作り出してしまう。そんな演者だった。

古典芸能は、古くからの型で受け継がれたものだと言うが、千作翁の芸は何人も真似することが出来ない。
ニヤッと笑ったところのオーラは、鍛錬して再現できるものではないのだ。

文字通り「芸は一代限り」なのだ。

☆ ★ ☆

私が狂言を見始めたのが28年前。千五郎家と言えばだみ声でちょっと力で捻じ伏せる笑いの当時の千五郎とオペラ歌手の様ないい声の千之丞が両輪として活躍していて、先代の千作を見たことがない身としては、千五郎家の芸風は兄弟のどちらが本筋なのかと思ったこともあった。

そうだ。千作を名乗る前は、舞台は面白いのだけど、捻じ伏せられた感じだったな。千作となって、雰囲気だけで笑わせる魔力が増し、力で捻じ伏せられた感じが薄れたのかもしれないな。

兎に角、安心して舞台を楽しめる狂言師で、千作翁が亡くなった今、師に相当する演者は思い浮かばない。
初心者には狂言の演目より、千作翁が番組にいるかいないかで推奨するか否かを判断したものだ。

初めて見る人は、その舞台が全てであり、それが詰まらなければ、狂言とはカビの生えたものとされてしまうのだから。

☆ ★ ☆

翁のお宅に一度だけ仕事でお邪魔したことがある。
93年の春だったか、お宅探訪みたいな新聞広告の企画をやっていた時、半ば個人的趣味で翁のお宅を取材先にさせてもらったのだ。まだ翁の母君もご存命で、在宅だった茂君(確か京都コンピュータ学院に入っていなかったかな)と一緒に面白いお話を聞かせてもらった。写真を担当したNさんが、翁の行きつけのTという飲み屋のことを知っていて、盛り上がった記憶がある。

しがない新聞広告の企画なのに、サービス精神旺盛で対応して頂いた。
あの時の写真や掲載誌はどっかにしまっている筈なのだが、どこにいってしまったかな…

☆ ★ ☆

返す返す思う。もう翁の舞台を見られないと思うと、呆然と天を仰いでしまう。

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大阪読売の追悼記事。間狂言を間違った用語で文章にしている。署名記事だったら、文化面記者の無知を天下に晒していたな。

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