着物

2010.11.09

ナラ枯れは黄八丈の危機

8月後半に取った夏休みは初めて八丈島へ渡航だった。今年亡くなった立松和平が「きもの紀行」くらいの知識しかなかったが、この時の目的だった黄八丈関連の見学で、お約束の黄八丈め由工房へ。

我々が工房に入ると、二人の織子さんが電気を消して黙々と黒八丈を織っていた。近づき難かい雰囲気だったが、機織の音がいいんだなぁ。バタンバタンというのが。昭和天皇が御幸した際の写真が飾ってある工房を出て、奥の資料館へ。こちらもいろいろな資料があって興味深かったねぇ。


■黄八丈め由工房の奥の資料館。平成永鑑帳も拝見。

その奥の染場も覗いてみた。


■黄八丈め由工房の奥の染め場。


■黄八丈め由工房の前の広場。染料となるシイの皮を干している。座ってるのは当主。

さて、このシイの皮。スダジイという木が原料で、当主の話では自分の山を持って皮を取っているのだとか。話を伺っている最中に一台のジープが遣って来て、二人の男が下りて当主と挨拶。名刺を覗き見ると東京都の職員さんだった。

ついに八丈にもナラ枯れが確認されてしまったということで、調査に来たようだ。その時は軽く聞いていたのだが、ホテルに戻って地元紙の南海タイムス(2010/8/13)を見ると、大変なことだったようだ。帰京してネットでも見てみると、家族の勝手でしょについて激憤していた農業情報研究所(WAPIC)の方が定期的にウオッチしていた。<全国ナラ枯れ情報

林野庁東京都のレポートを見ても深刻さを感じる。

司馬遼太郎の何の小説か忘れたが、明治の元勲・大久保利通が維新後に泉州高砂の松林を視察した際に、現場の人から昔幕府が予算を取って管理しているが今は予算が無く荒れ放題になったことを知り驚くという挿話を読んだ記憶がある。注意していないと気づかない間に大変なことになってしまう。役人がこうやって調査をしているということは、毎年ちゃんと予算を計上して自然を管理していると言うこと。世の中と言うのは、いろんな仕組みが絡み合って続いているんだねぇ。

☆ ★ ☆

八丈ではこのめ由工房以外にも織元がいろいろある。うちのが織物体験したのは、黄八丈織物協同組合。


■黄八丈会館にて黄八丈織物体験。コースターか花瓶置きの2パターンの織りを体験。うちのは花瓶置き。

織元によって得意な柄があるんだと、実物を見せながら解説をしてもらった。
それにしても、いい着物は高いよねぇ。手も足も出ません。妻よ、すまんのう。

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2010.09.26

ムーン・リバー

ムーン・リバーと言うと、ヘンリー・マンシーニ作曲の「ティファニーで朝食を」の主題歌。月の光が水面に揺らぎ、一筋の光の川を作りだす光景のことなのだが、丁度1と月前、夫婦で八丈島に渡った時に見た光景がそれだった。値段の安い山側の部屋にしたために、ホテルの外に出なければムーン・リバーは拝めなかったけど、今も目に焼きついている。

八丈島は東京から1時間で行ける距離で、「島時間」が流れるリゾート。あのノンビリ感はまた行きたくなる。携帯電話もドコモとauしか繋がらず、コンビニも見当たらない。羽田に戻るときは、思わず「帰国」と言ってしまうのだった。


■東京湾の夜。思ったより高速で航行。そう言えば、先日船から転落したのではという事件もありましたね。

今回の八丈行きは木曜日の晩に竹芝出航。日曜の2便で空路羽田へ。東海汽船の夜行船に乗るのも大学生の時の三宅島以来だから、23年振り。海で泳ぐのも15年振りくらいだ。考えてみれば、半分フリーみたいな仕事をしてからは、まともな夏休み・リゾートはとってないんだよねぇ。夏の旅行を八丈島にした理由は、黄八丈の産地で着物織物関連の見学が出来ること。なんとなくリゾートっぽいところ。二人とも未踏の地であることだった。

☆ ★ ☆

島の一周が60キロで、3時間もあれば普通の観光は済ませられると踏んで、ホテルの宿泊パックに付いたレンタカー利用権は1日だけにした。初日は食事の時も酒は一滴も飲まずに、朝から晩までフルにレンタカーを乗り回す。兎に角、車が使えるうちにドンドン乗った。断酒は堪えたけど、車に乗らない翌日以降は飲み倒すつもりで我慢我慢。しかし、実際にはレンタカーがないとどうにもならず、最終日に再度借りる羽目になったのだが。。。


■閉館間際に行った歴史民俗資料館(旧・八丈支庁)。戦時中の南洋統治の建物の様。


■夜は、ひかるきのこ@八丈ビジターセンター(八丈植物公園内)。ボランティアによるツアーにて。

初めに使ったレンタカーは「フリーダム・レンタカー」。ここの親父は結構煩かった。初めて乗った車種で運転席でマゴマゴしていると、運転慣れしてない奴だなと察した模様。教習所宜しくブレーキ踏んでキー回せなど、細かくチェック。運転歴を聞いて、終いには「AT車は運転したことあるの?(車を)借りるの止めたら?止めときなよ」とまで言う始末! 島内のコースも、見晴らしのいい登竜峠辺り島の南東側は、携帯も繋がらないし、島人も通らない場所。事故っても助けられないから行かないでと念押しされてしまった。安全運転を心がけ、なるべく山添の内回りに島を周回。何やかんやで1日150キロ近く走った。

最終日に借りたレンタカー・モービル。ここの親父も愚痴っていたなぁ。車を返すときに「あなたは携帯を首に掛けているから、忘れ物ないよね?今日はもう4組も忘れ物あったんだよ。空港やら港に届けてやったんだけど、ひと組のは間に合わず、便送りなんだよね」と。


■レンタカーはナビ付に限る。

このナビ付の車はフリーダムの方。ここのレンタカーが提供した独自の地図も重宝した。
一方のモービルの方は安いのと、返却先にGSがあること。これも楽チン。

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2010.03.16

一面の菜の花@浜離宮

この日曜は好天に恵まれたので、うちのと着物で浜離宮恩賜庭園へ。東京生まれ東京育ちだが、浜離宮は初めて。東京タワーもそうだけど、東京の西側に住んでいると、東側はあんまり寄らないんだよね。夕方3時頃だったが、観光客、外人さんらがワンサカ。お登りさん気分。

大手門口から入場して、江戸大神楽の向こうに見えたのが、一面の菜の花畑。近づくほどに、黄色い絨毯が別天地のよう。それにしても菜の花が、こんなに「匂い」の強い花だとは知らなかった。「香り」では言葉が足りないくらい鼻の奥を刺激。黄色の鮮やかさに目が刺激されているのもあるかもしれないねぇ。

☆ ★ ☆

入り口で見た大道芸。どっかで見た顔だと思ったら、竜楽独演会でよくゲストに呼ばれている江戸大神楽の菊仙さん。

Youtubeにもupされてますね。僕らが覗いた時は何度かミスってたので、そろそろ疲れが出ていた頃なのか。あるいは夕日が目に入ってしまったのかな。

☆ ★ ☆

中島の御茶屋で一服。イッセー尾形のネタに出てきそうな中年のご婦人に折角なんだから撮って上げるわよと被写体に。
このご婦人、構図に拘りがあって、あっち向けこっち向けとさせらてました。最後に、うちの旦那にも着物を着させようと言ってましたっけ。

う~ん。相棒は何着かあるけど、冬の外出着は羽織のあるこの大島しかないんだよねぇ。着たきり雀だわ。温くなれば羽織もいらなから、唐桟やポリの長着だけでもいいんだけどな。

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2010.02.28

青梅にて兄妹に間違えられるの巻

先々週の日曜は、青梅マラソンの前でしかも梅祭もまだだろうと人ごみになっていないのを踏んで、夫婦揃って青梅へ。目指すは蔵元の澤乃井がやっている櫛かんざし美術館。着物付いている妻が、簪カンザシと呟いて、上野の土偶展に行きたかったのだが断念してここへ。

簪の種類も勉強になったけど、髪結いのVTR。これが面白かった。実演を目の前でやってもらったらもっと強烈かもしれない。

☆ ★ ☆

その後に青梅きもの博物館へ。時間的に閉館30分前で何とか甘えさせて見せて貰えると思っていたら、館長の鈴木さんが「今日は勘弁してくれ。わたしゃ80云歳で、もう疲れたんだよ」と入館を断られてしまった。まぁ仕方ないなぁ。間際だったし。と踏ん切りがついていたのだが、こちらがいろいろ展示物のことを尋ねると、館長は調子出てきて30分ほど庭先で立ちながらの独演会。青梅の冬は寒いとか、収蔵物を相続したいた方が物の価値を分かっていない(親が大事に管理していた着物を厄介に思っている)とか、税金やらお布施やらで全然儲からない(今日は7人?の来館。人気の観梅の季節がないと苦しいとか)愚痴とも何とも言えないことを延々と話してくれました。駒込まで帰るんじゃないの?とこっちが心配していたほど。勿論、観梅の季節には絶対来てねと何度も勧めてくれていました。ここの展示は四季毎に変わるので、どれも面白そうだな。

☆ ★ ☆

この館長、我ら二人を見て「兄妹ですか?」と第一声。いつも僕のことを「にいさん」と呼んでいるので、「あれ?にいさんって館長の前で呼んだっけ?」と、妻は憮然としてました。妻としては、自分が男顔しているんじゃないかと思ったよう。分からんなぁ。顔はそれぞれの弟や妹より、わしらの方が本当の兄妹みたいだろうに。

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2009.08.31

つんつるてん

夏が終わったという今朝の寒さ。もう浴衣は着られないな。
夫婦で着物生活をという宣言をしているのもあって、ついつい街中の着物姿を目で追ってしまう。
花火や夜祭になると浴衣の子も多く見かけるのだが、何あの着付け。相方と「ありゃ無いね」。「つんつるてんだわ」。「じゃりん子チエやで、あれ」。とかボロクソに言っていた。

小町にもそういう風に思っている人いますなぁ。「浴衣の着付け

☆ ★ ☆

と偉そうなことほざいるけど、こっちは西郷さんとか関取と言われてるんだよねぇ。

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2009.08.02

はじめての川唐

二人で始めたいことは、着物暮らし。これが結婚式の二次会で配られた冊子に載せた言葉。二次会当日、相方は訪問着を義母に着付けてもらったのを除いて、何とか自力で訪問着や紋付袴を脱ぎ着。やれば何とかなるもんだ。写真を見ても、まぁサマになっていたようだ。と思う。思いたい。

紋付以外に着物を持っていなかったので、5月に衝動的にフラフラとポリの長着を誂えてしまう。これから暑くなるのに。続いて古着のバザーをウロウロ。男物はガタイの大きいのはまず見つからないから、金魚の糞みたいに付いて歩くだけだけどね。相方は、もう着ることも無いのに、色打掛ばかり見学。ど派手なのが好きやねん。衣紋掛けに掛けて飾りたい。欲しい。と喚いていた。やれやれ。

☆ ★ ☆

そんなある日、普段着で着られる着物をと、手頃な木綿の着物はどうかね?と、相方にネットで知った川越唐桟(川唐)の「呉服 かんだ」を見てもらう。縞柄がいいと気に入ってくれた。折角作るんだったら、画面で見るより、本物を見て誂ようと6月初めに川越へ。当地は今、NHKの朝ドラの舞台になっているのだが、全く見てない我々。周りの観光客とは異質で、一路呉服屋さんへ。2時間くらい掛けていろいろと反物を見せてもらう。相方はこれは若すぎるとか、これはお似合いとか言われながら、折角だから2着どうかと勧められる。まぁ、今回は1着ずつに納める。

店の人と話すと、縞柄は関西では珍しいらしいので、西の方も買いにこられるとのこと。
ネットとは違って、唐桟の状況を聞きながら反物を見たり、他の常連客さんの着物を見るのも中々面白い。お店にとっては、仕立て代込みで3万弱の単価の安い唐桟に手間隙掛けるのは面倒なこととだろう。採寸も雑じゃないかと思ったほど。まぁ、普通なら自分の丈は知っている方が殆どの筈なのかな。

実際に決めた反物は、二人ともネットでは載せてない番手。僕が並502、相方が並415。40日ちょっとで仕立て上ってきた。
私の場合はこんな感じ。

あ~、お腹が。。。。

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